
ペルシァ訪問記


11月4日
午後1時に会社を出て青梅の先にある客先訪問。2時間。ハードな値上げ交渉後にまた2時間かけて羽田へ。しばらく日本を離れるので羽田の寿司田(http://www.sushiden.co.jp/)にて寿司を食す。馬鹿高い。ネタも寿司田の名前が泣く。2度と食べない。そして、アラブ首長国連邦のエミレーツ(http://www.emirates.com/japan/jp/)とJALの共同運航便に。関空で乗り換え。23時過ぎ発。すぐに晩飯。寿司だった。機内でアラブ系と思えば寿司田よりずっとまし。ワインリストと言っても、4種しかなかったが、順に全てトライ。完全にコップの上まで注いで来るので多量に摂取。ウイスキーに移ったが同様。ここで不覚にも寝てしまった。イランでは飲めないのでもっと頑張るはずだったのに。
エミレーツ(アラブ首長国連邦のフライト)の機内。大きなテレビが前の席の背面に。これが全てタッチパネルと手元リモコンとの併用。500以上の番組が見られる。上記の酒を飲みながらの使い方のトライ。ご飯のときはタッチパネルに手が届かず、リモコン頼り。途中で停まってしまう。結局、ディズニーのBug's Lifeが完全には見れず(何回か最初からスタート、早送りの繰り返し)。明くる朝、目覚めて挑戦すると今度は同じくディズニーのFinding Nimoは完全にOK。なぜかはいまだに不明。お隣さんは完全にあきらめ。こちらの挑戦を見ていた。スッチーでさえも読書灯の点け方分らず同僚に聞いていた。
座席の背もたれ・足休めの調整もそのリモコン。アップライトと完全寝る態勢はそれぞれ専用スイッチがあるので大丈夫なのだが、その中間は各自の責任。背もたれ角度・座席高さ・足休めの長さと角度等大変。座席は最大下げても小生には高すぎ。足休めは当然足が宙ぶらりん。調整を何度かトライしていると突然お尻の下がブルブルブルと。なんとマッサージ付だった。スイッチが多すぎて…
11時間もあっという間だった。ドバイで乗り継ぎ。ここはラウンジで酒が飲める。最後の一杯。の、はずだったがテヘラン便に乗るとシャンパンが出てきた。さすがにエミレーツ。
会社を出て何時間かかったのだろうか、テヘランに着くまで。青梅往復で4時間弱、羽田で1時間半、乗って1時間、関空で1時間半、また乗って11時間とチョイ。ドバイで1時間半、テヘランまで2時間。ほぼ丸一日だったのか。
11月5日
現地時間の9時半頃に着いて入管をクリアしたのが10時半。日本との時差は5時間半と中途半端。この入管の前で女性はスカーフをかぶる。新空港はテヘランの郊外にあり、高速道路が唯一のアクセス方法みたい。道路はすいていて制限時速の110km/hは簡単に超せる。あたりは平らな砂漠ではなく土漠の感じ。軍隊がいるのか土塁が多く見られた。テヘランに近づくと畑があり野菜を作っていた。それまでは土ばかり。野菜は安いそうでニンジンは5kgで100円、ジャガイモも6kgで100円くらいとか。空港からホテルのある中心地まで約1時間。市内に入ると交通事情は一変。大ラッシュだった。
車は国産のプジョーがひどい中古から新車まで多い。プジョーを始めとして国産車は約80万台で中東ではトルコ(ここが中東に入るかは?)以外ではここだけが車の生産地。日産はノックダウンでイラン国内で作っているとか。また、最近になって外国製の車の輸入が認められたそうでホンダやトヨタも見られる。ただ、古いでっかいアメ車やプジョーの古いやつが多い。中東で唯一国産車がある国なので今後の発展に期待。事実、客先との打ち合わせ時に小生の取り扱い製品ではないが自動車用プラスティックを輸出してくれないかと問い合わせがあった。国産車用だとか。
前日は羽田の寿司から始まり、機内の晩飯と朝飯、ドバイからテヘランでもまた朝飯。ホテルに着いて荷物を置いて客先へ。ここでまず昼ご飯から。打ち合わせの会議室が食堂。ここへケータリングでサフランライスとオカズ。更にはデザートまで。男の子と言っても30前くらいか、が給仕。食事はサフランライスを大き目のお皿にとり、オカズをその周りに載せていくという東南アジアでよくやる方法。食べ方はフォークを左手、スプーンを右手に持ち、スプーンはナイフ代わりにも使うというこれも東南アジアで学んだ方式。何の違和感も無かった。ただ、運動せずに食べどおしなのがきつい。それに、これから打ち合わせなので、食後の眠気と長旅の疲れと時差(日本の夕方)でハンディがかなりあり。打ち合わせが終わる夕方は日本の真夜中になる。彼らが晩御飯に招待してくれるというがおなか一杯であり、翌日にしてもらった。確かに夕方になってもおなかが一杯だった。ホテルに送ってもらい晩飯と思ったがとてもすぐには食べる気にならず2時間休息。腹がすくまでと言う理由での休息は初めてかな。タイ料理屋がホテルにあったので8時半に(日本時間の午前2時)行った。アルコールはご法度なのでノンアルコールビールを注文。なんと甘いビールであった。食べたのは一番少なそうな海老ソバのみ。
空港で出発前に借りていくより安いので海外でも使える携帯を買うように指示していたのが出発直前に届いた。使い方の練習もせず、マニュアルも渡されず本体のみ持参。電波のサービスを探し何とか電話は架けれ無事を家内に報告できたがその他は全く分らず。と言うか、機能を探すきになれず。
イスラムは木・金と休み、土曜日と日曜日は働く。よって、土曜日の朝にテヘランに着くように金曜日の出発になったもの。休み明けの彼らと休み無しのこちらでは議論するにも気力で差が有るように感じる。今後はこのあたりも考えて打ち合わせの日程をアレンジせねばと思った。
一日目はアルコール無しで済んだ。では無かった。朝の機内でシャンパンを飲んだのだった。風呂に入って見るとバスタブに溜めるお湯の最初が茶色。しばらく流して溜め始めた。こんなので歯磨きもするのかと思ったら気持ちよくない。ただ、これも東南アジア勤務時に経験しており下痢だけで死にはしないことを知っているから問題ない。こんな時にアルコール消毒が出来たら良いのになー。
11月6日
12時(日本の5時半)過ぎに寝て3時半(日本の朝9時)に目がさめる。チョッと起きててまたベッドへ。今度は7時前まで眠れた。聞いてみると夜中の1時から2時半の間、大雨と雷だったとか。全く知らなかった。天気予報では本日は雨だったそうだが既に降ったので空はクリアだった。テヘラン北側の峰に冠雪があるのが目の前にきれいに見えた。山が高すぎて木が無いハゲ山。それに冠雪。地層に沿って濃淡がはっきり分るのが面白い。また、それがくっきり見えるくらいに近い。15分でケーブルカー乗り場へ行けると。東側には5700mの富士山にそっくりの山があり、これもきれいに見えた。が、何せ遠すぎて大きさや高さの感動は無かった。日本の富士山のカレンダーを持っていった。日本にも同じ山があるのかと。
そう言えば朝、ホテルのトイレで発見したのだけど、勿論、ウォシュレットは無い。ビデが便器に並んで設置されている。ウォシュレット替わりにと思ったが…実際にはどのように使うのだろうか?座り方は前向きそれとも逆?
また、ホテル以外のトイレも当然ながらウォシュレットは無いが、さすがにモスリムの国で水道に連結されたホースが完備。田舎ならば水瓶だそうだ。ウォシュレットの何千年も前から水洗方式だと。そう言えばモスリムのマレーシアやインドネシアにも水が置いてあったな。
ついでにホテルの設備に付いて。エアコンは強にしてもなかなか冷えず、設定を10度にしてやっと涼しく感じるくらい。このホテルは革命前はHiltonであったと。元Hyattと言うホテルも近くにある。テヘランで一番良いといわれているがサービスはまだまだの感あり。2年前に民営化されて段段と良くなってきているそうだが。朝飯付きで$150ならば仕方ないか。このエアコンが効かなくとも何とかなるのが今のテヘランの気候。日本の東京とほぼ同じ。改めて地図を見ると緯度も同じだった。
本日は打ち合わせと客先訪問。その後、また事務所に戻り打ち合わせ。朝はホテルのビュッフェだったが、昼はまた同様にヘビー。打ち合わせが長引いたので招待ディナーはまた明日に延期。ホテルの外に出る気にもなれず、他に食べるところが無いので、またタイ料理へ。タイ式水炊きのスティームボートを部下と分け、肉の無い野菜炒め。ビールはやめてガス水を注文。出てきたのはガスの出ない水。ラベルはガス水。取り替えさせたら今度は泡が出た。
今日のおさらいをして明日の会議に備え(ここまでは小生も参加)、資料を準備するよう指示して本人はこのレポート。
11月7日
やはり夜中に目がさめる。3時と5時と6時。あきらめて起きた。
30km先の客先訪問。これに1時間前に出発。テヘランの交通量はすごい。100万台がテヘラン市内だけであるとの事。一昔前のタイを覚えているけどそんなもんじゃない。車線は当然無視。たまにある信号もある程度は守られているが、歩行者は関係なく渡っている。ほとんどは信号の無い道を渡る。これはイラン人以外にはまず無理。どんなに車がたくさん走っていても渡る時は決して急がずテンポを変えずに歩く。急に走ると運転手が予測できなくなるので返って危ないと。また、車同士も鼻を先に突っ込んだ方が先だが常に日本ではけんかになるような場面の繰り返し。それでぶつかるほんのすこし手前で停まる。誰も文句も言わない。車間距離を開けると必ず割り込まれるので1-2mしかないように見える。これは目を開けていると怖い。昨夜もホテルへの帰りに事故を2件みた。やはりドンくさく、阿吽の呼吸が分らないやつがいるし、そうでなくてもほんのチョッとブレーキを間違えればアウト。よって、全くの新車で無い限りはへっこみやライト・バンパーの無いのが普通。最近、車の輸入が認められたそうで、ベンツの新車も見たが、すぐに凸凹になるのになと思った。
高速道路に入る前にこんなふうなので時間がかかる。よって、1時間前に出発したのだ。高速でも車線は関係なし。Uターンする場所(高速でもUターンできるが上下線の間を斜めにつないでいる)では逆行もありスリルがある。
客先からの帰りにレストランに入った。同じ様にサフランライスとオカズ。今日はケバブと海老のフリッター。サフランライスには必ずおこげが付いてくる。彼らもおこげが好きと。日本の電気屋さん(東芝だったか松下だったか忘れたが)がサフランライスのおこげが出来易い炊飯器を作って売っているそうだ。
このレストランでじっくりとイラン女性を観察する時間が有った。黒のスカーフで黒い衣装と言うのが決まりと思っていたが実際はそうではない。ハタミ以来緩んできたのだとか。カラフルなスカーフ、茶色や水色の衣服(衣服はまだ単色)でおしゃれを楽しんでいる。衣服も若い女性は体の線に合わせたスリムなもの、それをできるだけ短くしてズボンの柄や刺繍が見えるようにしている。また、カップルが手をつないで歩く姿も見られた。ここまで緩んできたらその反動(保守派の)が怖いとの声も現地の人から有った。また、ホテルに帰ってきたらもっと派手なのがいた。カラフルなスカーフを頭の後ろ半分、つまり、隠すべき髪を出している、にチャドルはベージュの一色だが留めているボタンは胸の上だけ、つまり、下はマンとの様にひらひらとして中の服を見せている。中はカラフルなセーターとジーパンで体のラインがはっきり分る。イランの男性にはかなり刺激的な様でロビーで注目を浴びていた。ここまで許されるようになったのかと思ったが、もしかしたら東南アジアのホテルでミニスカート・タンクトップで男性を誘うのと同じなのかも…
宗教の話のついでにメッカ巡礼(Haji)に行くとそれまでの悪行が全て許されるのだそうだ。どの宗教でも同じだな。昔はそれなりに意味があった。歩いていくしかなかったので
本当に敬虔な信者しか行かなかった。数ヶ月かかっていた。途中で強盗も出ただろうし。そんな信者なら罪も犯していないだろうから。今は飛行機で2時間も有れば行ける。そのHAJIに3-4回行ったのが取引先の担当者。おまえは何回も大きな罪を犯すのかと同僚にからかわれていた。イスラム教徒も敬虔でないやつもいることを発見。彼らはイランを出れば酒を飲むと。
HiltonやHyattが元の大型ホテルでは無理だが、酒の飲めるprivateホテルを取引先が知っているので次回はそこをと勧められた。違法だろう言うと、金持ちは皆パーティーを開いて飲んでると。ブラックマーケットに行けば酒はいくらでも手に入るそうだ。ここでも規律が緩んできている。
と言う話をしながらやっと晩御飯の招待があった。ホテルを出るのは面倒だろうと彼らが来てくれた。このホテルにもう一軒レストランが有った。知らなかった。ここで一番高いステーキのシャトーブリオンを注文。ここでは$15。600gくらいの大きさ。アメリカでは$50くらいだったと思う。日本だったらこの大きさは出てこなくて15,000円くらいはするだろう。確かに柔らかくておいしかったと言いたい所だが、出てきたのが注文のミディアムと違うウエルダン。また取り換えさせたら、本当に柔らかくて良かったがお皿からこぼれそうになるくらいたくさん乗ってきた付け合せが食べられなかった。
酒が無いので、一次会のみで解散。
明日はドバイに飛ぶ。
その前に思い出した話。イランのビジネスマンはノーネクタイ。日本ではクールビズとか言ってるそうだけど遅れてるねーと。ウオームビズも有るといったらそんなのあたりまえだと。
11月8日
今日は移動のみ。朝、得意先の運転手が迎えにきてくれた。特産のピスタチオを3箱もお土産に。そう言えば昨日は得意先の会長に空飛ばないペルシャ絨毯をお土産にもらった。このあたりは手土産を持たせるのが習慣の様だ。我々も日本のカレンダーとお茶の葉をお土産に持って行ってて良かった。運転手さえもお土産をくれるくらいだから。彼には特別に千葉特産のピーナッツを持参した。これは前回行った同僚がピスタチオを彼からもらっていたから。食べ比べてみたかな?
新空港はゆっくりと設備を整えている。部下によると、前回は一箇所しかなかった店が2ヶ所に増えていると??まだまだ時間がかかりそう。
エミレーツに乗り込むと早速シャンパン。それにドライシェリーを注文したらそんなややこい物は無いと。リストには有るのに。
飛行機を降りる時に同僚の上着が無い。スチワーデスが間違って誰かに渡したか、誰かが間違って勝手に持って言ったかだ。機内でスッチーとロストレポートを書けと交渉するも埒が開かず、レポートしておくから遺失物係りへ行けと。スッチーの社員番号を記録して離機。通関・荷物受け取りをして遺失物係へ行こうとし途中で再度問い合わせるとそこは隣のビルの出発ロビーだと。その前に迎えと会わねばならない。その迎えが居ない。電話をするとホテルの迎えに頼んだと。ホテルの係員に事情を話すと遺失物係ではないところに連れて行かれてなんとそこで上着発見。間違った人が届けてたと。一件落着。
ホテルにチェックイン。3時半。客先が砂漠ツアーに申し込んでくれていた出発時刻の5分前になってしまっていた。慌てて荷物を置いて出発。ホテルの前に来たのはトヨタのランドクルーザー。中にはノルウェーからセミナーか何かで来ていたカップル。と言っても夫婦ではなく同じ会社からだと。変な想像をしてはいけないのか。一緒に乗り込んで出発。何故トヨタなのかと聞いたらこれが一番信頼性が高く、パワーもあり、安定していると。日産やFORD・GM・クライスラー等々色々と試したけどどれも満足できずトヨタのランクルに落ち着いたと。砂漠に着くまでその意味が分らなかった。高速でオマーンの方向へ、国境の恐らく30kmくらい手前だろうか。そこにアセンブルポイントがあり数台ずつのグループで砂漠へ。その前にタイヤの空気を半分の圧にして砂にめり込まない様にする。砂はさらさらの小さいもので日本の海岸にある砂とは大違い。
砂漠は平らではなく高いところでは5-60mもある。2-30mの丘の繰り返し。風邪による風紋もはっきり見える。これをランクルで上っては降りる。真っ直ぐではなく斜めにも。倒れる前にそちらにハンドルを切る。スキーの要領か。45度くらい傾いている感じ。実際は30度くらいなのだろうけど。スリルは十分。中には砂にスタックする車もいる。仲間が助け出す。また、どこかが壊れて液漏れした車もいた。よって、グループで行くのだと。パリ・ダカラリーの砂漠編のイメージ。でもこれで砂漠の自然を壊しているのだろうな。
途中の高いところで砂漠に沈む夕日を見るためにストップ。初めて砂漠を歩いて丘の頂上まで行った、といってもほんの10m位。これが大変。砂にめり込み歩けない。折角の革靴がサンドペーパーでこすられたみたい。靴の中は砂が一杯で重い。平らでも歩くのに苦労するのだから、小高い丘の連続の砂漠で水も交通手段も無かったら死ぬのはあたりまえと思った。ランクルを選ぶ理由が分っただろうと運転手が。トヨタはここでランクルを千台単位で売っているはずだと。
その後、砂漠の中のキャンプへ。夕食とベリーダンス。マトンが美味かった。日本で食べるのとは違い独特の臭いも無い。トルコで食べた時も美味しかった。香辛料に秘密があるのだろうか。ベリーダンスはイスラムの国で許されるのだろうかと言うほど肌の露出があるし。昔これを楽しんでいた王様は僧侶と権力を分かち合っていたのだろう。これくらい許さないと不満のはけ口も無かったのかも。
ここでウイスキーとビール。ホテルに着いてメールを(イランでは出来なかったメールができる)開いて処理を開始。やはりビール、続いてウイスキーを片手に。
11月9日
仕事の打ち合わせ。その後、夕食へ。ドバイのニナ何とかと言うホテルへ。馬鹿でかいホテル。縦にではなく横に。商店街もレストランも何軒もある。南国のせいか夜遅くまで人が絶えない。
テヘランと違って車はほとんど全て新車。それも高級車。カローラとサニーを各一台発見。ベンツ・BM・ランクル・分らんオープンカー等々。暑くてオープンカーは使い物にならないのに夜だけは走っている。これを持ってる人はもう一台屋根付きを持っている。
タクシーはカムリ。小生、トヨタの回し者ではないのだけど。やはり、各種の車を試したけど信頼性でこれになったと。20時間以上もエンジンを連続運転して問題なかったのがカムリだと。アラブ首長国連邦のドバイ以外もほとんどカムリに変わったそうだ。ちなみに、アラブ首長国連邦でドバイ以外で酒の飲めない首長国も有るそうで気をつけねば。
ドバイのイスラム女性は黒のスカーフ。イランよりこの部分の戒律は厳しい。ただし、白人やフィリピン人のような非イスラムの女性の服装は自由。超ミニ・タンクトップもあり。開放的で胸の谷間を隠すような人は居ない。と言う様に見えたのはイランでの反動だろうか。
9日の晩飯はレバノン料理。イラン料理との区別が出来なかった。生野菜が多かったのが違うのだろうか。
10日の早朝2時、つまり、9日の深夜ドバイ発。晩飯後、空港へ送ってもらったのがほぼ真夜中だった。付き合いのいい人たちだ。ここでもラクダの彫り物のお土産をもらった。
やはりエミレーツでの帰国。やっとドライシェリーにありついた。またコップ一杯のサービス。当然、文句は無し。夜中なので軽食が出る。行きの便でワインの選択は終わっていたので白を一種類と赤を一種類、更に、ドライマティーニのウオッカベースとジンベースと。最後にシーバスリーガルの水割り。ここまで飲んだら眠気が出てきた。
ドライマティーニはスチワーデス席の近くで立って飲んでた。ヒマラヤ連峰が左手に見えてきてエベレストも見えた。ラッキーにも全く雲に隠れていなかった。クリアだった。いつもトイレに立つ関係上通路側に席を取るので外は見えないのだが、今回はいいタイミングで酒を飲んだ。
まだ,時差が残ってるのかこの土曜日と日曜日(12日と13日)とは朝10時起き。